「ねぇ、あなたはどこに向かって歩いているの?」
「僕が行きたい所だよ」

「それはどこにあるの?」
「この箱庭の果て、そう最果てにあるんだ」

「箱庭だなんて!バカみたい!最果てなんてあるものですか」
「まるで世界の全てを見てきたような口ぶりだね」

「この世界が箱庭だなんて!」
「ああ、君。羊の数を数えるだけじゃ、いい夢は見れないんだよ」


2019-01-26

散文「37℃の揺らめき」

「37℃の揺らめき」

少しだけ 身体が曖昧だ
少しだけ ソフトフォーカス
少しだけ 存在が希薄
少しだけ 境界線が曖昧

少しだけ 揺らめき

ベッドから出てカーテンの隙間から外を見た。ボタボタと雨が窓をうっている。

床の上に崩れ落ちる私は電球のフィラメント。
天井を眺める私は老人が投げ捨てた杖。
背中に冷たさを感じている私は浮かぶことを知らない深海魚。

汗をかいている。不快な汗をかいている深海魚。見上げた水面には装飾の施された杖が浮かんでいる。フィラメントはずいぶん前に切れている。雨が窓をうっている。ボタボタと。

ゆらり ふらり
ゆるり ふわり

視界に入った時計はもうすぐ9時43分。
4、3、2、1、9時43分。

誰かが来るかもしれない。それは小脇に荷物を抱えた配達人かもしれない。それは私を憐れんでいる友人みたいな人かもしれない。それは拳銃を隠し持ったピザのデリバリーサービスかもしれない。それは私が髪を撫でて微笑んで欲しいといつも思っているあの人かもしれない。あの人がこの部屋の呼び鈴を鳴らすことを私は期待しているのかもしれない。

ゆるゆらり ふらふわり

コップの水を一息に飲んでもう一度水を入れる。シルバーの蛇口に映る私は何だか滑稽。コップを持ったまま目を閉じる。コップから水が溢れている。手が冷たい。気持ちいい。私が満たされている。もう十分。十分なほどに滑稽だわ。

コップの水を一口飲んで残りは全部流した。この水もやがては海に出て深海魚のもとに行くことでしょう。さようなら。この水がどうか彼女の不快な汗を薄めてくれますように。

少しだけ 身体が曖昧だ
少しだけ ソフトフォーカス
少しだけ 存在が希薄
少しだけ 境界線が曖昧

手の中の携帯電話を見つめている。滑稽な深海魚は頭からぶら下がった電球を新しく交換するの。新鮮な水道水で汗も流した。海の底で揺られているから、どうか私に会いにきてよ。配達人のふりをして、小さなサブマリンに乗って、私の好きなピザを抱えて、呼び鈴を鳴らして。そうしたら私はきっと上気した顔でドアを開けるわ。だからあなたは私の髪を優しく撫でて微笑むの。

私 少しだけ 揺らめいてる

いつもより 揺らめいてる

(2014年8月19日執筆 文学フリマにて無料配布した「書きチラシ」を再掲)




0 件のコメント:

コメントを投稿